【特集】戦時上海・三部作/完結へ向けての助走(2)

戦時上海・三部作〈その1〉『破滅の王』については、三年前に名古屋SFシンポジウムで詳しく語り、その記録を電子書籍化しています。Kindleだけでなく、楽天koboなどでも配信していますが、トーク内容の一部に作品のネタバレがあるため、有料配信の形をとり、読みたい方のみ、情報に触れられるように配慮してあります。
 
ミューズ叢書<5> 名古屋SFシンポジウム 2018 (Kindle版)
  
私が戦時上海の話を書き始めたのは、上記の小冊子でも言及している通り、出版社の担当編集者からの勧めがあったからですが、それだけが理由ではありません。私の両親や親戚は戦中派なので、本土での空襲や大陸への出征(ソ連軍との戦闘)やシベリア抑留を体験しています。私は、その体験談を直接聞いて育った世代です。戦時下の話を書くことは、私にとっては家族の歴史を書くことと同義です。しかし、小説作品としては、家族や親戚の体験談をそのまま書くのではなく、その背景にあったものを、幅広く深く追究する形をとりたいと考えました。
その手段のひとつが、上海租界を題材とし、当時、大陸に渡った日本人たちが何をしたのかを、少しずつ綴っていく方法でした。

上海租界を題材とすることに対して、「いまの読者は上海租界に関する知識なんてないんだから、この時代と土地を舞台に小説を書くのは無謀だ」という声を耳にしたこともあります。でも、それは本当なんでしょうか? 私自身は、もともと持っていた知識に加えて、1980年代に『太陽の帝国』や『ラストエンペラー』などの大作映画で、日中戦争や、戦時下の上海や、満州国の歴史を知る機会が一気に増えた時期がありました。2021年現在に至るまで、小説・漫画・舞台劇・映画・内外のTVドラマ等々を通して、上海租界や満州国が舞台となる作品は作られ続けており、日本では、それらに自由に触れられます。過去の作品群の多くも、映像配信や、紙書籍・電子書籍などによって、いまでも鑑賞が可能です。

若い世代であっても、上海租界に関する知識がないとは言い切れない現状があるのですから、新作を書けば、新しく書かれた作品だけでなく、過去の名作や歴史の専門書へとつながる道を、あらためて提示できます。そして、1980年代当時にはまだわからなかったことが、その後、歴史研究が進み、21世紀になってから専門家によってまとめられた正確な資料が、いま、非専門家にも閲覧可能な形でたくさん存在しています。新しい時代につくられる作品群は、当然、これらを参考にしながら構築されていきます。
近代史を扱ったエンターテインメント作品が、同じ時代・同じ題材を、繰り返し繰り返し書き続けていることの意味と価値は、このようなところにあるのではないかと私は考えています。


(※この項、続きます)