(11)【著者記録: 2003-2023】授賞後の話 (2)

小松さんはゲラの修正中は結構厳しい表情をしておられたのだが、対談が始まると、にこーっとして(SFファンならよく知っている、あの「小松左京の微笑み」)「まずは上田さん、受賞おめでとうございます」と仰って、こちらはそれだけでテンションが上がって、ドキドキしていたのが一瞬で吹っ飛んでしまった。緊張の針が振り切れたのである。

そこからは冷静になって、あとに続いたことをよく覚えている。小松さんは「応募原稿を一読した瞬間、受賞作はこれだと決めた」「読み終えて、すぐにもう一度読み直したくなって、ページの最初へ戻った」と、うれしくもありがたい言葉を次々と続け、受賞作となった『火星ダーク・バラード』のどういうところが面白かったかを詳しく話して下さった。

小松さんは、作中に登場する主要登場人物のひとりである少女(アデリーン)をとても気に入ったらしい。この子が生き生きとよく描けている、この子がとてもいいと、繰り返し熱心に語られた。のちに文字になった選評では「少女の実存性がよく描けている」という文学的な記述を残している。

そのあとは、これまでどんなSFを読んできたのかとか、小説を書く前は何をやっていたのかとか、いわゆる、受賞したばかりのひよっこの書き手に対する質問が続き、それは秘書の乙部さんの誘導で進んだので、途中で詰まったり脱線することなくも、予定していた時間を使い切って終了となった。

対談の最後に、小松さんは私に仰った。
「あなたは一日も早く、SFだけでなく一般小説も書き、その分野でも活躍する作家になって下さい」
この言葉には本当に驚いた。
私はSFを書きたくて小松左京賞に応募したので、ずっとSFだけを書き続けたかったし、小松さんもそれだけを望んでいると思っていたのだ。けれども小松さんは、この時点でもっと先まで見て、こういう形でアドバイスを下さったのだ。

この話を私は「小松さんとの大切な約束」として自分の記憶の中だけに留め、長いあいだ誰にも話さなかった。が、2018年に名古屋SFシンポジウムでのトークイベントに招いて頂いたときに、初めて聴衆を前にして公表した。『破滅の王』が直木賞の候補になったことで、受賞こそしなかったものの、小松さんとの約束の一部をはたせたと思ったからだ。名古屋SFシンポジウムの記録は、その後、電子書籍化したので Amazonで kindle本として読める。興味のある方はご購入下さい。定価275円、手軽に読めるお値段です。Amazonで「名古屋SFシンポジウム」と入力して検索すると出てくる。
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