今年(2023年)4月11日に、「SFユースティティア」から八杉将司さんの『LOG-WORLD』が発売されました。以前、著者自身がネットに掲載していたものを紙版として刊行。オンデマンド印刷なので受注してから刷るため、絶版の心配がないという利点があります。
https://www.amazon.co.jp/dp/4911087005
八杉さんから「第一次世界大戦を題材に長編小説を書こうと思っている」という話を聞かされたのは、2016年前後だったように記憶しています。2014年が第一次世界大戦開戦100年だったので、その関係で新しい史料が公開されたり、これを機会に歴史関係の書籍が刊行された直後です。
『LOG-WORLD』の作中で重要な要素として出てくる「哲学者フッサールの息子がふたりとも戦地へ行っていた」という史実は、それまでにもよく知られていたようです。しかし、戦地と実家とのあいだでやりとりされた書簡が現存し、開戦100年をきっかけにそれが全公開されたことは、研究者のあいだでも、かなりの驚きだったようです。
こちらに紹介記事があります。確かに、2014年から記録の公開が始まっていますね。
http://kriegsbriefe.ophen.org/2014/10/13/die-sohne-des-philosophen-husserl-im-weltkrieg/#more-232
作品を書くにあたって、八杉さんは30年以上フッサールを研究している国内の大学の先生に取材し、この史料について質問したそうです。その先生も、この機会に初めて知ったと驚いたそうで、かなり貴重な史料だったのですね。
第一次世界大戦を題材に小説を書こうとすると、日本語で読める専門書には限りがあることにすぐに気づかされます。わからないことは海外の文献にあたらざるを得ません。海外の史料を中心に仕事を進めないと、どうしようもない事柄もたくさんあります。八杉さんも翻訳ソフトを使いながら、頻繁に海外の史料に目を通していました。この書簡も、機械翻訳で意味を把握しながら全部読んだそうです。
私は当初、八杉さんは普通の歴史小説として第一次世界大戦を書くつもりだと思っていたので、『LOG-WORLD』をSF作品として執筆中だと知らされたときには、とても驚きました。でも、原稿を持ち込むためには、これが最良の方法であったことはよく理解できます。日本の読者にはあまり馴染みのない第一次世界大戦という題材を、エンタメ方面の読者にもすんなりと呑み込んでもらうには、さまざまな工夫が必要で、そういうことを出版社側からも求められたりします。第一次世界大戦の中心にあるものを描こうとすると、どうしても登場人物全員が日本人以外になる――エンタメ系の読者に対して、これはハードルが高いとエンタメ出版の現場では考えられており――だから八杉さんが『LOG-WORLD』で採った手法は、かなり考え抜かれた、効果的なものでもあるのです。
SF作品にしたからこそ、この題材を選んだ理由や着眼点が、より鮮明になったとも言えます。
それでも八杉さんは『LOG-WORLD』の初稿を脱稿した直後に、「次はSF要素なしで第一次世界大戦を描きたい」「〈第一次世界大戦もの〉という一大ジャンルができれば、そこでSFなしで書けるのになあ」と言っていました。興味深い史実がたくさんあるから、次は、本格的な歴史小説として書きたいのだと。
その願いがかなう機会はありませんでした。
しかし『LOG-WORLD』には、八杉さんがやりたかったことのエッセンスが、既に、ぎっしりと詰まっていると思うのです。
いまとなっては、この先を書こうとしていた八杉さんの視点や思考を知ることはできませんが、多くの読者の目に触れる機会を得たことで、それぞれの読者が、そこに想像を広げられるようになったはずだ……と信じています。
『八杉将司短編集 ハルシネーション』も、同時に、よろしくお願い致します。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0C2ZDK7JJ