20年間作家を続けられたのは、幸運としか言いようがない。勿論、絶え間なく原稿を書き続けてきたおかげではあるのだけれど、この業界は、人と人とのちょっとした出会いがクリエイターの運命を大きく変えてしまうことが多い。
いいほうに転ぶと本が無事に出版され、読者も増える。
悪いほうに転ぶと最悪の事態に陥る。
多くの作家がそうであるように、私も両方を経験してきた。現在は、その天秤が、ほんのわずかによいほうへ傾いているにすぎない。これから先の10年については、まったくわからない。いつも何がどう転ぶのかまったくわからぬままに、とにかく前へ進むということをやっている。
2003年に小松左京賞でデビューしたとき、ある先輩作家からこんな話を教えられた。
先輩作家自身が、デビュー直後に担当編集者から言われた言葉だという。
担当編集者曰く「デビュー後、作家には、3年目、5年目、10年目の壁がある」と。
3年目の壁は、2作目、3作目を出せるかどうかという意味での壁。
5年目、10年目というのは、新人から中堅になっていく過程で作品を売り続けられるかどうかという壁。
先輩作家は「じゃあ、10年たったら楽になるんですか?」と訊ねたそうだ。すると担当編集者は即座に答えたという。「いいえ、もっと苦しくなります」
おっかない話だなあと思ったが、当時の私には10年先のことなど想像もつかなかった。
デビュー後3年目あたりまでは実に慌ただしく、業界内の仕組みなどもよくわからない時期だったのだ。
ただ、この話がずっと頭の片隅に引っかかっていたので、長く続ける気なら10年単位で仕事の目標を考えておくとよいのだな、と思うようになった。最初の10年はこうしよう、次の10年はこのあたまりでは行こう――等々。
勿論それはあくまで予定にすぎず、走り出してみないと何もわからなかったが、何も目標を立てないままに進むよりはましだった。この話は「誰にでも当てはまる事実」や「絶対にこうなる」という予言ではなく、新人作家の行く先を照らしてくれる、ささやかな灯火のようなものだった。
なお、この話を教えてくれた先輩作家は、いまでも元気に活躍している。現役作家として生き残るために、それはもう並々ならぬ努力を積み重ねておられるのだろう。