先月、ようやく『破滅の王』(双葉社)を刊行できました。
この作品は、満州事変から日本の敗戦までの諸々を、戦前の上海の様子を発端に描いた、歴史系の長編小説です。従来の私の作品とは少し雰囲気が違いますが、執筆の際に使った思考方法は同じです。ただし、これまで手をつけていなかった領域へ、大きく歩を進めた作品でもあります。
1931年から1945年まで上海フランス租界に実在した日中共同研究機関「上海自然科学研究所」。私はこの研究所の存在を、歴史の闇の中に埋没させたくないという想いから、この作品を執筆しました。現在、この研究所について書かれた日本語の書物は少なく、放置しておくと、研究所の存在自体が、日本の歴史・科学史の中から消えてしまいかねない現実があります。
私は、この状況を大変もったいないと感じ、自分の作品のどこかに、この研究所の存在を書き留めておきたいと考えました。幸い、私はプロの小説家です。学術的な意味での残し方はできませんが、ごく普通の読者の方々がその歴史を手軽に知って頂けるような形で――すなわち、小説の形で、当時の事実関係を残す手段と機会を持っています。双葉社さまから原稿執筆の依頼を頂いたのが2011年、試験的に短編SFの形で書いてみたのが2013年、その後『小説推理』(双葉社)での一年三ヶ月の連載期間を経て、改稿の後、ようやく単行本として発売できたのが2017年です。
なお、私は歴史や科学の専門家ではありませんので、書き残すといっても、あくまでもフィクションの形式をとることになります。この作品では、歴史上に存在する各種の隙間にそのつど細かくフィクションを差し挟んでいく手法をとりました。歴史を背景としてフィクションがその上に乗っかっているのではなく、歴史の隙間にフィクションが在るという形態です。現実の歴史を題材として扱う以上、史実のすべては「物語の背景」などといった軽々しく都合のいいものではなく、そこで記述されている史実自体が、フィクションと同等に作品内の主体として存在することとなります。「現実の歴史を解釈するためにフィクションを使う」。これは、実は、SFではよく使われる手法です。SF的に表現するならば、『破滅の王』で差し挟まれるフィクション部分は、現実の歴史の隙間に入り込み、現実を読み解くという目的のために半永久的に機能し増殖し続ける人工生命体であるともいえます。ただし、ご注意頂きたい点がひとつあります。この人工生命体は、歴史そのものの書き換えは一切行いません。この作品の目的は、現実の歴史の改竄や改変ではないからです。つまり、フィクションとしての帰結=物語の都合に合わせて歴史が改変されたという意味ではないわけで、これを念頭に置いたうえで、この作品の最後の一文の意味を解釈して頂くことを、著者としては切に願っています。
ところで、この作品を書くために使った各種参考文献が書物としてとても面白かったので、いずれ、どこかでまとめて紹介したいと考えています。来年の仕事になりますが、いずれ告知しますので、その際にはよろしくお願い致します。